音楽交流フェスタが出来るまで・・・。:音楽交流フェスタ

音楽交流フェスタが出来るまで・・・。

あれは、2年ほど前(2001/3月)にあった私どもの音楽教室の発表会でした。毎年、3月4月に開催しているピアノ科の発表会です。

いつものとおりプログラムは進行され、第2部に入ってしばらくしてからでした、ある2人の男の子、中学生ぐらいでしょうか、演奏中のホール内に入ってきました。

私はその2人の男の子を見てすぐに思ったことが、「何かあってはいけない!そばに付いていよう!」でした。なぜなら、彼ら2人は、見てすぐに分かる障害を持った2人の兄弟だったわけです。

そして、次に私のとった行動は、彼らが座った座席の間に座りました。つまり、騒いだり大声を出したりしたら、すぐに押さえてホールの外に連れ出そう、と考えていました。

さて、当の2人はというと、弟は音楽が好きなのか曲に合わせて身体を前後に揺らしていました。そして、お兄ちゃんの方はというと、始めは弟と一緒に身体を動かしていましたが、その内に眠ってしいました。

そして、プログラムは淡々と進み、結局、2部のプログラムが終わるまで、私が心配していたことは何も起こりませんでした。彼ら2人も、プログラムが終わると席を立ち、満足した顔で会場を去っていきました。

私自身は、その日はそれで、あわただしい発表会の一日が終わったといった感じで帰路に着きました。

ところがその翌日、昨日あった発表会のことを振り返った時、何か自分の気持ちの中に、矛盾するものを感じました。
それは、「音楽の楽しさを伝えるべき人間が、何であの2人の兄弟を違う目で見て警戒したんだろう?ましてや、発表会は、一般の方が聴きに来ても大歓迎のはずなのに…。」でした。

そこで、「これではいけない!」と思い考えたことが、私たちの発表会に招待したり、あるいは、ゲストとして出演してもらう、ということでした。しかし、どうも自分の気持ちの中が釈然としません、招待すること自体それはそれで良いのですが、何だか特別視をしているようで、納得がいきません。

そしてさらに考えていったら、『あっ、そうか!音楽の好きな仲間とうい「同じ立場」で、一緒に合同の発表会をすればいいんだ!そのためのホールを確保して、呼びかけをしていけば出来る!』と気付き、その思いと考えを持ってそのまま「あかねの会」の吉田先生にぶつけたところ、この様な『音楽交流フェスタ』という形になったわけです。

ですから、このフェスタが開催できたのも「あかねの会」の吉田先生のおかげだと、改めて感謝する次第です。

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